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2005/08/23 (Tue) The Heroes
The Heroes総語数104000語 YL 7.5


0207144583Heroes, The
Ronald McKie

Angus & R 1982-05-06
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by G-Tools[t]:Heroes, The[an]:Ronald [as]:McKie


第9章から第16章がOperation Jaywickの直接の作戦に関する話で、老朽船"Krait"(日本の船だった時はKofuku-maru。写真を見る限りでは小さな漁船です。)で、日本船に偽装してBaliとLombokの間の海峡を抜け、ボルネオ、ジャワ、スマトラの間の海峡を進み、南シナ海へ到達。Rhio Archipelago(って日本名は何なんだろう、シンガポールの対岸にある、島々の集まり)にベースキャンプをおいて、そこからカヌーでシンガポールへ。合計7隻の船に吸着爆弾をしかけ、爆破させます。そして再びカヌーで戻り、Kraitにピックアップしてもらい、オーストラリアへ戻ります。この間、日本軍からの明らかな追撃などはなく(もちろん通常のパトロールから身を隠さなくてはなりませんでしたが)、予定した通りの秘密裏の作戦として行えました。これは後に、日本軍がこの爆破を、連合国による奇襲ではなく、現地の人間によるものだと考え、オーストラリア側への捜索を考えなかったせいらしいとわかります。(次ぎのOepration Rimauでは、捜索は2ヶ月以上に及び、ダーウィンから400マイルほどしか離れていない、Romang島まで及んでいます)

日本軍の支配海域での隠密行動という事での緊張感その他は、結果が解っているにもかかわらずやはり緊張感としてあり、細かなエピソードが繋がって、手に汗握る感じです。

続いて、From Jaywick to Rimauという章がはじまり、ここからは作者のRonald Mckie氏の視点からの話になります。Operation Jaywickでは、全員が帰還しましたし、Carse 中尉の日誌や、Young主任電信技士の日記があったので、この作戦を(小説として)作り直すことが可能でしたが、Oepration Rimauは失敗に終わったため、情報は消滅してしまい、作戦そのもの行方やメンバーの消息も知れず、Oepration Rimauは謎を多く残すままとなっていました。Mckie氏ははじめ、小説をOperation Jaywickに絞り、Rimauに関しては最後のページで触れるだけにするつもりだったようですが、調べて行くうちに、Rimauも書かなくては十分ではないと考えるようになりました。Oepration Rimauは語るべき人間がもう死んでしまっているため、完全なものにはならないけれど、残された公式記録と、個人的な調査の結果わかったできごとについて、オーストラリアと日本の両方のサイドから語る、と作者は言います。

そして、Oepration Rimauについて第1章から第10章まで語られます。はじめの章では作戦の概要について、そのメンバー、いかにして作者がその失われた作戦の記録や情報に近付いていったかという事が述べられます。なかなか情報は探しきれなかったようですが、戦時中、シンガポールで捕虜になっており、戦後戦争犯罪についてシンガポールで仕事をしていたWild大佐の公式記録と、その大佐の奥さんに会えた事(大佐自身は作者の調査の時点では既に死亡)又、当時日本軍の通訳だったFuruta Hiroyuki氏を探しだしたことで大きな進展がありました。
Oepration RimauはOperation Jaywickより大がかりなもので、チームは総勢23名、南シナ海へは潜水艦で潜入し、その後、現地の船を分捕って(その船の船員は捕虜として潜水艦でオーストラリアへ)その船を足がかりにして、シンガポールへの攻撃という予定だったようですが、攻撃前に、シンガポールのパトロール隊に遭遇したため、作戦は放棄され、メンバーは潜水艦の救出日まで逃げ続ける事ができず、チーム中11名が捕虜に、残りは死亡しました。(日本軍との戦闘や、鮫に襲われて、病死)捕虜となったチームのメンバーは、最終的には軍事法廷にかけられ、諜報謀略殺人の罪状で全員処刑されました。

 敵陣深くに入り込む死を恐れない危険な作戦への参加、作戦失敗後も、降伏せずに最長2ヶ月に渡る逃走、捕虜となった後の態度から、メンバーたちは日本軍の間で特別な、畏敬の念を持って遇されたらしく、通常考えられていた捕虜の扱いとは異なっていたようです。

日本軍からも"Yu-shi"(勇士、かな?)と呼ばれた彼らが処刑された一月後に広島に原爆が落とされ、その9日後に日本は降伏した、という最後の一文がなんともやるせない終わりでした。


・・・とここまで読み終わって、から改めて検索してみたのですが・
しまった~!!! 日本側から書いた本があるよこれ!!!!
今ものすごい疲れが・・疲れが。 

4087811379シンガポールのユニオンジャック
遠藤 雅子

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・・・ええ、ここまできたらぽちっとなしますとも。してやる~!! ちょっとやけくそ・・





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  • 英語耳なし・英語/日本語語彙少なし・文法力なしの三重苦を抱える永遠の英語初級者。そのくせ「いつかは字幕なしで映画を理解・楽しみたい」とか「ペーパーバックをどかどか読みたい」などという野望の持ち主


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